までつくるとは!」
「びっくりさせてお気の毒でしたわ」
「びっくりついでに、なにかひとつ朗読《レシテ》してきかせてください。……月もいいし……」
「でも、おしゃべりしながら詩をつくるってわけにはゆきませんわ」
「すると、つまり、私は詩作のお邪魔をしているってわけなんですね」
「ええ、まあ、そういったわけね。……それで、あなたのほうはどうなんです。身投げでもしにいらしたの?」
「身投げなら始末がいいが、私のやつは、こんなふうにのそのそ歩き廻らなければおさまらない病気なんです」
「夢遊病《ソムナビュリスム》ってわけなのね」
「たしかにそれに近いようですね。……つまり、心の悩み、ってやつなんです」
「おやおや、たいへんだ。じゃ、あたしなんかにかまわないで、どんどん悩んで、ちょうだい。ここで拝見していますわ」
「まあ、しかし、ちょっと|仲入り《アントラクト》ということにしましょう。お邪魔でなかったら、もうしばらく、ここへ掛けさせておいてください」
「ちっともかまいませんわ。どうぞ、およろしいだけ。……あたしは、あたしのことをしますから」
ピエールさんが、煙草に火をつける。男にしては、すこしやさしすぎる横顔が、瞬間、燐寸《マッチ》の灯《ほ》影の中へ浮びあがって、また消える。
ピエールさんは、心の中のひそかな憂悶をおし隠そうというふうに、わざとらしくほほえんで見せて、
「私は、レエヌを気の毒な娘だと思っています。誰からも愛されないし、誰からも好かれない。自分で、嫌われるように嫌われるようにしむけてゆくのです。……なにびとをも愛さなければ、どんな親切をも受けつけない。奇嬌《ききょう》で、廃頽的で、ひねくれていて、ひょっとすると、徳性《モラリティ》というものを全然持っていないようにさえ見える。……どんなものにも満足しないし、どんな環境にも落ち着いていられない。しょっちゅう、何か刺激と変化を求めてイライラしている。このへんのことは、あなたもよくご存知でしょう」
キャラコさんは、返事をしなかった。答えようとすれば、ピエールさんのいったことに同感するほかはないのが情けなかった。
ピエールさんは、努力しながらものをいっているというふうに、ときどき、度を超えた快活な調子をまぜながら、
「……率直に打ちあけますが、私自身、どんな具合にしてレエヌの気持を和《やわら》げていいのかわからなく
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