が、肩をピクンとさせる。
「べつに、問題になんかしていませんわ」
 イヴォンヌさんが、勇ましく、やりかえす。
「ええ、どうぞ、そうして、ちょうだい。あたしたちもそのほうが望みよ。……あたしたち、アマンドさんのお客で、あなたなんかにべつに関係はないんですから」
 レエヌさんは、超然とした眼つきでイヴォンヌさんの眼を見かえすと、だまって揺椅子《ロッキンング・チェヤ》のほうへ歩いて行ってしまった。
 アマンドさんが、新しい銃を受けとって身構える。
 ヒュッ、ヒュッと音をたてて、|粘土の標的《クレエ》が放出機《トラップ》から飛び出す。生きもののようにもつれながら海の面をすべって行ったと思うと、急角度を切って紺青《こんじょう》の空へ舞いあがる。
 ズドン、ズドン!
 まっ白なクレエは飛びあがれるだけ飛びあがっておいて、それから、スッと逆落《さかお》としに海の中へ落ちこむ。
「零点《ヌル》!……合わせて、零点《ヌル》!」
 と、ベットオさんが叫ぶ。
 みな、どっと声を合わせて笑いだす。
 アマンドさんが笑いながら射撃台から降りてきて、キャラコさんに、身ぶりで、やりなさい、という。
 イヴォンヌさんが、キャラコさんの背中を、ぐいとこづく。
 キャラコさんは、決心して、射撃台へあがってゆく。
 しっかり足をふんばって、銃をかまえる。
 ズドン ズドン!
 青空の真ん中で、クレエが雪のようにくだける。
 室僕《バトラア》が、装薬《そうやく》した別の銃をツイと差し出す。
 また、空に、白い小さな雪煙り。
 三つ目だけミスして、五分の四で、八十点。大喝采《だいかっさい》だ。
 果して、レエヌさんが挑戦して来た。人垣のうしろから、
「二個撃《ダブル》なんか、子供だましよ。一個撃《シングル》ならお相手するわ」
 と、甲高い声で叫ぶ。
 レエヌさんがあまりうまくないことは、みながよく知っている。二個撃《ダブル》でもあたらないのに、一個撃《シングル》でやろうというのは理窟に合わない、はじめから、けんかだ。
 まわりが、ざわめきはじめる。
 英国人の室僕《バトラア》は、キャラコさんがひいきである。いんぎんなようすで、無言で銃を差し出す。キャラコさんが、無意識に受け取る。なんとか辞退しようと考えていたところだったのに、これで、退《の》っぴきならないことになってしまった。
 困って、アマンドさんのほう
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