へふりかえると、アマンドさんは肩をゆすって見せる。かまわないから、やれ、というのだ。
イヴォンヌさんが、ジッとこっちを見ている。
(やるなら、負けないで、ちょうだい)
さっきのイヴォンヌさんの声が、耳の底によみがえる。長六閣下の顔がチラリと瞼《まぶた》の裏を横切る。キャラコさんは、すこし息ぐるしくなる。しかし、こうなった以上は、やっつけるよりしようがない。
モリモリと闘志が湧き起こってきた。心の中で、しっかりした声で叫ぶ。
(負けないわ!)
銃をとり直したとたんに、ヒュッとクレエが飛び出す。
ズドン!
つい、いまあった白いクレエはもうない。そこに、青い空があるばかり。
ブラヴォ! みな、夢中になって手をたたく。
(こんなちっぽけな娘なのに、すごい腕前だ)
こんどは、レエヌさんの番だ。
銃を取って、なんだこんなものといった顔つきで、身をそらす。
もう、癇癪《かんしゃく》を起こしている。どこもここもひどく誇張したジコップ・ピジャマの裾《すそ》が、ヒラヒラと風になびく。
ズドン!
クレエは、ずっと空の向うまで逃げ出してゆく。
その次もだめ、その次もだめ。四度目に、ようやく一つ撃ち落とす。
四
レエヌさんは、頭痛がするから、今晩は食堂へ出ないそうだ。室僕《バトラア》がそれを告げに来た。
イヴォンヌさんが、ささやく。
「はずかしくて、出て来られないのよ」
けさの射撃会のことで、腹を立てているにちがいない。キャラコさんは、なんだか気がとがめてしようがない。ピエールさんのほうを見ると、ピエールさんは、すまして食事にとりかかろうとしている。
(行ってあげればいいのに)
キャラコさんは、ひとりで気をもむ。
(きっと、ひとりで、さびしがっているのにちがいないわ)
しかし、そんな出すぎたことはいわれない。自分が見舞いにゆくのはわけはないが、そんなことをしたら、いっそう、かんしゃくをつのらせるばかりだ。もだもだしているうちに、食事が始まる。
朱肉《しゅにく》色の生雲丹《なまうに》のあとで、苦蓬《エストラゴン》をいれたジェリィの鳥肉が出てくる。それから、凍甜菜《カンタループ・グラッセ》。
料理にあわせて、バニュウルとか、ボオジョレー酒とか、モルゴンなどという白や赤の葡萄酒がつがれる。料理も酒も凝《こ》りぬいたものばかりである。
キャラコさ
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