トラア》が扉《ドア》をノックして、皆様が上甲板《ウエル》でお待ちかねです、といいにきた。
「ほら、迎いにきたわ」
イヴォンヌさんは、じれったそうに足踏みをしながら、もだもだするというふうに胸のところをおさえて、
「あたし、ここんところにいいたいことがモヤモヤしているんですけど、どうも、うまくいえないの。……なんでもいいから、たった一度だけみなにあなたの腕を見せてやって、ちょうだい」
西洋将棋《チェス》やドミノで勝って見たってどうでもないと思うので、今日までレエヌさんに譲ってばかり来たが、しかし、そうばかりしているのも、あまりほめたことではない。日本の娘は、みなこんなふうに卑屈なのかと思われても困るのである。負け勝ちは問題ではないが、自分のせいいっぱいなところを見せてやってもいいような気持になってきた。
イヴォンヌさんは、キャラコさんの顔色を敏感に見てとって、
「よかったわ」
と、うれしそうに手をたたいてから、急に真剣な顔になって、
「やるなら、あのひとに負けないで、ちょうだい」
と、正直なことをいう。イヴォンヌさんも、レエヌさんが嫌いなのである。
快遊船《ヨット》は、いま勝浦《かつうら》の沖を通っている。
八|幡崎《まんざき》の灯台が、断崖の上でチョークのように白く光っている。
二人が上甲板へあがってゆくと、舷牆《げんしょう》にすえつけた放出機《トラップ》のまわりに船長や客が船員が十四五人ばかり集まって競技をはじめている。いまアマンドさんが撃っているらしく、射撃台のところにまっ白な頭と桃色の首筋が見える。
ベットオさんが審判係。バアクレーさんが記録係で、記録板を鼻の先におっつけるようにして点数をマークしている。かます[#「かます」に傍点]のように痩《や》せた、このひどい近眼のひとは、ミシガン大学の有名な東洋地理学者である。
イヴォンヌさんが、遠くからにぎやかな声をあげて皆に挨拶をする。
レエヌさんが、いつもの例で、おや、見なれない娘だ、というふうに、不思議そうな眼差しで二人をながめてから、
「ああ、あなたたちだったのね。あまり遅いから、もう、快遊船《ヨット》にいらっしゃらないのだと思っていましたわ」
と、底意地の悪いことをいう。
イヴォンヌさんは、負けていない。
「あたしたちが、まだまごまごしているんで、がっかりなすった?」
レエヌさん
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