して、いわれた通りに佐伯氏の腕から手をのけた。
 佐伯氏はステッキで道をさぐりながら、危なっかしい足つきで歩いてゆく。道がわからなくなると、癇癪《かんしゃく》を起こしたようにどこでもかまわず踏み込んで行った。
 キャラコさんは心配でたまらないので、すこしあとからついて行くと、佐伯氏はキャラコさんのほうをふりかえって、
「君はどこか別な道から帰れないの。うるさいから、ついてこないでくれたまえ」
 と、イライラした声で、投げつけるように叫んだ。
 キャラコさんは、
「ええ」
 と、素直にそう返事をして、しばらく立ちどまってから、ずっと離れて見え隠れに宿の入口まで送って行った。
 宿へかえると、キャラコさんは、机に向って日記を書きはじめた。

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 キャラコの失敗
 私は不幸なひとを見ると、すぐ感動してしまう。
きょう、私は夢中になりすぎて、不幸なひとをいら立たせた。
他人の不幸に感情だけで同感するということ。――ことに、衝動的な親切などは何の意味もなさない。私は、私の薄っぺらな同情を佐伯氏に見ぬかれてしまった。
それは、……
[#ここで字下げ終わり]

 ここで、急にペ
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