ンが動かなくなった。
キャラコさんは、にがにがしい顔をして長い間ペン軸を噛《か》んでいたが、とうとう、思い切ったように、そのあとに、こんな風に書き足した。
[#ここから3字下げ]
つまり、私が、おっちょこちょいだから……。なってないわね。……よく覚えておきなさい。他人《ひと》に同情するなどというのは、けっして容易《たやす》いわざでないということを。いい加減な同情などは、これからつつしまなくては。
[#ここで字下げ終わり]
キャラコさんは、寝床へはいってから、いつまでも大きな眼をあいて天井をながめていた。
気持が沈んで、ひどくメランコリックになっている。なんだかもの足りない。あの不幸なひとにやさしくしてあげることができないというのは、なんというさびしいことだろう。
アッシュのステッキをついて、そろそろと足さぐりして歩いている佐伯氏のわびしそうな姿が眼にうかぶ。
佐伯氏は、石ころだらけのゆるい坂道を虫のはうように歩いて行く。杖のさきで長い間道の上をたたく。いよいよ大丈夫だと見極めがつくと、おずおずと右足を伸ばす。また杖で道をさぐる。それから、ようやく左足が出てゆく。
なん
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