て、はかばかしくないんだろうと思って、キャラコさんのほうで、ジリジリしてくる。がっかりしたような声をだす。
「とても、見てはいられないわ」
 佐伯氏は、まだのそのそやっている。あまりひどい骨折りなので、すぐ疲れてしまうらしい。四、五歩あるいては立ちどまって汗をふく。それからまた元気を出してやりだす。
 ところで、休んでいるうちに方角がわからなくなったとみえて、道を斜《はす》に、大きな松の木の根が出ている窪《くぼ》みのほうへどんどん歩いてゆく。危ない危ないと思っているうちに、案の定、穴ぼこの中へ右足を踏みこんでえらい勢いでひっくりかえる……。
 キャラコさんの胸が劇《はげ》しくおどる。思わず大きな声をだす。
「あら、危ない! ……ほうら、とうとう落っこっちゃった」
 自分の声ではッと気がついて赤い顔をする。てれくさくなって、枕の上で頭をまわす。
 キャラコさんの耳に、毒々しい佐伯氏の声がきこえる。
(うるさいから、放っておいてくれたまえ! めくら[#「めくら」に傍点]扱いにされるのはごめんだよ)
 たしかに、ひどすぎるいい方だ。辛辣《しんらつ》すぎる。ひねくれている。あまり礼儀しらずだ。
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