妹さんと二人で別棟《べつむね》の離屋《はなれ》を借り切って、二階と階下《した》に別れて住んでいる。
どちらも静かなひとたちで、ときどき、佐伯氏に本を読んできかせるらしい茜さんの澄んだきれいな声がきこえるほか、一日じゅう、ひっそりとくらしていて、部屋の障子《しょうじ》がひらかれることさえごくまれだった。
佐伯さんは、まいにち三時ごろになると散歩に出て、湖のそばでフリュートを吹く。まだ習いはじめだとみえ、とぎれとぎれで、なんとなく悲しげだった。茜さんのほうは、めったに部屋からも出て来ない。たまに廊下などですれ違うと、軽《かる》く目礼して、眼を伏せて急ぎ足で行ってしまう。不幸の重荷を背負っているような薄倖《はっこう》な感じのひとだった。
キャラコさんは、はじめての日、湖畔から宿のほうへ曲り込むわかれみちのところで佐伯氏に逢った。
佐伯氏は、道からそれた蘆《あし》の繁みの中へ踏み込んで、途方に暮れたようすで立っていた。
キャラコさんは、すぐ、眼の悪いひとなのだと気がついて、佐伯氏をていねいに道まで連れ戻し、そのままそろそろと宿のほうへ手をひいて行こうとすると、佐伯氏は、とつぜん、邪険
前へ
次へ
全48ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング