。どうしたのかと思われるほど、いきいきとした顔色をしていた。
楽しそうに、ゆっくりと木笛《フリュート》を吹き終えると、男にしてはすこしやさしすぎる、深く澄んだ眼差しでキャラコさんの顔を眺めながら、いった。
「キャラコさん、私はあなたに、ひどい嘘ばかりついていました。どうか、ゆるしてください。……私の弱さのせいもありますが、それはともかく、そうしなければならない深い事情があったのですから……」
キャラコさんは、黙ってうなずいた。
佐伯氏は、言葉を切ってから、ちょっと例のないほど率直な口調で、
「……キャラコさん、驚かないでくださいね。私は、昨年の暮れから世間を騒がせていた三万円の拐帯《かいたい》犯人なんです」
キャラコさんは、だまって佐伯氏の顔を眺めていた。自分でもふしぎに思われるほど静かな気持だった。
佐伯氏は、両膝を抱いて、ゆるゆると身体をゆすりながら、
「こんな話は、お聞きになりたくもないでしょうが、でも、我慢して、もうすこしきいてください。あなたのご親切を、こんなふうに、長い間裏切っていたおわびのためにも、せめて、そうでもさせていただきたいと思うのです」
キャラコさん
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