験をつみなさい。閣下も希望している。
 つまらぬ財産をもらったばかりに、こんなよけいな苦労をしなくてはならぬことは、さてさてお前もふびんなやつだ。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]秋作

 キャラコさんのほうは、財産を相続したことなどは、すっかり忘れていたといっても決して嘘にはならない。人形でももらうほどに気軽にもらってしまったが、それもなにか他人《ひと》のことのようで、自分が使うのだなどとは、今日まで、ただの一度も考えたことはなかった。
 ところで、この手紙を読むと、四千万円という金が、とつぜん、ひどい重みで自分の肩にのしかかってくるような気がする。
 あたしがあの四千万円を使う? 考えただけでも気が重くなる。なにしろ、キャラコさんは、いままで自分の手から二円以上の金を使ったことがないのに、それが、四千万円ということになると途方に暮れるほかはない。
 キャラコさんは、思わずためいきをついた。
「たいへんだわ、死ぬまで、金をつかうことに、あくせくしなければならないとすると……」
 金をもつことは、不幸のはじまりだということの意味がわかるような気がする。じじつ、あんな遺産な
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