も足も出なかった。
 キャラコさんは、ここへ来る途中、小田原の駅でこの獰猛《どうもう》な追撃隊の一行に出っくわしている。キャラコさんが改札口を出ようとすると、三枚橋のほうから新聞記者と写真班を乗せた自動車が五六台走り込んで来て、ワイワイいいながら改札口へ殺到して来た。
 キャラコさんは、何が起きたのだろうと思って、ちょっと足をとめて眺めてから、そのそばを通って電車の停留所のほうへ歩いて行った。
 襟《えり》のつまった紺サアジの服を着た、みすぼらしいほどのこの娘が、じぶんたちがいま血眼《ちまなこ》になって探している千万長者の相続人だとは、気のつくものはひとりもなかった。

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……お前は競馬馬ではないのだから、下劣な関心の対象にするわけにはゆかない、という長六閣下の意見には、俺も賛成である。そんなわけだから、当分お前はお前でないことにして置きなさい。
 長六閣下は、あの四千万円を、日本のためになるようにお前に使わせたいといっている。最も意義あるようにあの金を使うために、すこし世間を見て置くのもいいだろう。旅行をするなり、働くなり、この機会を利用してできるだけいろいろ経
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