らないのか、いくら考えても思いあたることはなかった。
 二三日たってから、キャラコさんが当惑しているだろうと察して、秋作氏がくわしい便りをよこしてくれた。
 キャラコさんは何も知らなかったが、そのころ、東京ではたいへんな騒ぎがもちあがっていたのである。キャラコさんの居どころをつきとめようとして、東京中の新聞社の自動車が社旗をヒラヒラさせながら狂気のように走り廻っていた。
 ひところは、世界の謎《なぞ》とまでいわれた失踪の千万長者、山本譲治《ジョージ・ヤマモト》がとつぜん日本に現われ、今年十九歳になる一少女を千二百万|弗《ドル》(四千万円)の財産相続人に選んだ。……世界的なビッグ・ニュースである。
 どんなことがあっても『キャラコさん』をつかまえて、ひと言でもいいからしゃべらせろ。捕まえたらかまわないから、脛《すね》でもたたき折って動けないようにしてしまえ。……畜生、それにしても、写真ぐらいありそうなもんだ。
 まるで、殺人犯人でも追いつめるようないきおいで狂奔したが、キャラコさんはおろか、写真さえ手に入らない。長六閣下の機敏な統制と緘黙《かんもく》にかかっては、さすがの新聞記者たちも手
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