あげることができるんです。どうか、そんなことをおっしゃらないで……」
茜さんは、切りつけるような調子で、
「結構よ。放って置いてちょうだい。……あたし、兄を盲目《めくら》のままにして置きたいんです」
キャラコさんは、自分の頬《ほほ》にクワッと血がのぼってくるのがわかった。
「茜さん、あなた……」
茜さんは、空うそぶいて、せせら笑うように、いった。
「盲目の兄! なんて、ずいぶん、浪漫的《ロマンチック》じゃないこと?」
とりつくしまもなかった。
六
キャラコさんは、これを機会に、秋作氏のすすめにしたがって、すこしの間ほうぼうを歩いて見ることにきめた。
箱根町の小さな旅館へ引き移って、旅行の支度をしようと思って町へ買物に出ると、町かどの電柱に、脇坂《わきざか》部隊の戦傷勇士佐伯軍曹が、本町有志の熱心な懇請《こんせい》によって、今日午後一時から処女会の講堂で実戦談を行なわれることになったというビラがはりだしてあった。
蘆《あし》の間で、ほのぼのと木笛《フリュート》を吹いていたわびしそうな姿が眼にうかぶ。あの佐伯氏がどんな切実な働きをしたのか聴いてみたくなった。
会
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