だったんだわ)
もちろん、よく思われようとしてやったことではないが、それにしても、こんな情けない原因で佐伯氏に逢えなくなるのは、すこし悲しかった。
しかし、自分でなければ、佐伯氏を慰めることができないというのではないし、それに、いつまでもそばにいてあげられるというわけでもないのだから、どっちみち同じことのようである。立上《たてがみ》氏の力で、佐伯氏の視力がすこしでも回復すれば、それで自分の好意はとどくわけだ。
茜さんは、鋭い舌打ちをひとつして、
「ねえ、お返事はどうなの」
キャラコさんが、はっきりと、こたえた。
「もう、お目にかかりませんわ」
「逢わないっていうだけでは困るのよ。すぐあの宿から出て行っていただけるかしら?」
キャラコさんは、素直にうなずいた。
「ええ、そうしますわ。今日じゅうならよろしいの?」
「できるだけ早くね」
茜さんは、背伸びをするようにグッと胸をそらすと、
「……それから、あしたおいでになるというドクトルの件ね、あれ、お断わりしてよ」
キャラコさんは、眼を見はって、
「あら、どうしてでしょう。そのかたなら、かならずお兄さまのお眼を癒《なお》して差し
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