場へ行くと、入口に大きな国旗をつるし、
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南京《ナンキン》光華門突入決死隊の一人、佐伯軍曹軍事講演会々場
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 という大きな紙の立看板がたてかけられてあった。
 講堂にはもう大勢の聴衆がつめかけ、演壇の両側には町の役員らしい人たちがズラリとい並んでいる、前列のはしに、佐伯氏が、すこしうつ向き加減になって、茜さんと並んで掛けていた。
 キャラコさんは、うしろから突かれてとうとう演壇から二列目の椅子のところまで押しだされ前の人の背中に隠れるようにして坐っていた。
 定刻になって、司会者のながながしい紹介が終ると、とどろくような拍手が起こり、佐伯氏が茜さんに手をひかれて、演壇あがってきた。
 昂奮しているせいか、いつもより顔の色が悪く、ソワソワして、まるっきり落ち着きがなかった。水差しの水を一杯飲んでふるえるような手つきで唇をぬぐうと、聞きとりにくいほどの低い声ではなしはじめた。
「……南京城攻略戦は、……南京城壁、東南方から開始されまして、……十日の午後五時、脇坂部隊は、工兵部隊の決死的城門破壊と間髪を入れず、光華門の一角を占領……」
 声がとぎ
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