らないことばかりいう。キャラコさんは返事のしようもなくておし黙っていると、茜さんは、唇のはしに皺《しわ》をよせてジロジロとキャラコさんを見おろしながら、だしぬけに、
「キャラコなんて、ずいぶんトンチキな名ね。ひとを喰ってるわ」
 と、切って放すように、いった。すこし無礼だと思ったが、キャラコさんは、笑いながら素直にうなずいた。
「そうね」
「それ、あなたの本当の名?」
 キャラコさんは、うちあけた話をする。
「いいえ、綽名《あだな》なのよ……あたし、いつもキャラコの下着を着ているでしょう。だもんだから……」
「本当の名は、なんというの? 宿帳には、沼間槇子《ぬままきこ》となっていますわね。あれがそうなの?」
「いいえ、あれは従姉《いとこ》の名よ」
「じゃ、あんたの名は?」
 キャラコさんは、まっすぐに茜さんの顔を見つめながら、こたえる。
「それは、いえないことになっていますの」
 ふうん、と鼻を鳴らしてから、
「じゃ、あんたのお父さまは、何をなさる方?」
 キャラコさんが、首をふる。
「それも、いえませんの」
「おや、不便ね。……どういうわけで?」
「それも、申し上げられませんわ」

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