ると、岸づたいに岬の鼻を廻り、先に立って御用邸《ごようてい》の下の深い林の中へズンズンはいって行く。
 キャラコさんは、なんだか嫌気《いやき》がさしてきて、ついて行きたくなくなった。
「お話って、こんなところでなければいけないことですの」
 茜さんは、キッと振り返って、冷酷な眼つきでキャラコさんを見すえると、
「それは、あなたのほうが、よくご存知でしょう。……逃げようたってだめよ。だまってついて来てちょうだい」
 と、甲高い声で叫んだ。
 キャラコさんは、閉口して、またトボトボと歩き出した。
 鬱蒼《うっそう》と繁り合った葉の間から、陽の光が金色の縞《しま》になってさし込んでいる。しんとして、小鳥の声のほか何の物音もきこえない。
 茜さんは、急に足をとめて、顎《あご》で指して、大きな切り株へキャラコさんを掛けさせると、自分は樹《き》の幹に背をもたせて立ったまま、悪く落ち着いた声で、
「……どう? ここなら、どんな話でもできるわね。……あたしが、こんなに気をつかってあげるのは、女のよしみだけですることなのよ。親切だなんて思いちがいしないようにして、ちょうだい」
 それにしても、わけのわか
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