い水底《みずそこ》でときどきキラリと魚の鰭《ひれ》が光った。
 モーターの響きがこころよく身体につたわる。茜さんは、眼を細めて、うつりかわる対岸の景色をながめたまま、いつまでもおし黙っている。キャラコさんは、すこし気味が悪くなって、
「お話って、どんなお話」
 と、おそるおそる切り出してみた。よくよく辛抱したあげくのことである。茜さんは急にこちらへ顔をふり向け、運転手のほうを眼で指しながら、
「ここでは、なにも申しませんわ。あなただって、それでは、お都合が悪いでしょうからね」
 と、謎《なぞ》のようなことをいうと、また、クルリとむこうを向いてしまった。
 どういう意味なのか一向わからない。何かひどく腹を立てていることだけはわかる。しかし、どう考えて見ても、茜さんを怒らせるようなことをした覚えはない。
(いったい、何をいいだす気なんだろう)
 キャラコさんは、ひとりで首をひねっていたが、そのうちにめんどうくさくなって、そんなことにクヨクヨしないことにした。
 浮《うき》ヶ島の近くへ来ると、発動機艇《モーター・ボート》は速力を落として、岬の鼻のところでとまった。
 茜さんは、ボートから降り
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