た。

     五
 次の朝、廊下の窓のそばの籐椅子《とういす》に掛けて本を読んでいると、廊下の向うのはしから茜《あかね》さんがひどくまっすぐな姿勢でこちらへちかづいて来た。
 ウールのレーンコートを着て、腕に外套をひっかけている。瘠《や》せているので、ほんとうの身丈《みのたけ》よりずっと長身に見える。面《おも》ざしは冷たすぎるほど端正《たんせい》で、象牙のような冴《さ》えかえった色をしていた。
 廿二三だと思われるのに、どこか、ひどく老《ふ》けたところがあって、娘がいきなり大人になったような妙な感じをあたえる。
 すらりと、キャラコさんのそばに立って、
「いいお天気ね。発動機艇《モーター・ボート》で箱根町のほうへ出かけてみません? すこし、お話したいこともあるのよ」
 否応いわせない、おしつけるような調子があった。
 キャラコさんは、きのうの返事がきけるのだと思って、急いで自分の部屋へ行って帽子と外套を持ってきた。
 二人は桟橋《さんばし》まで歩いて行ってそこで、発動機艇《モーター・ボート》に乗った。
 とりわけ、きょうは陽ざしが熱く、湖の面《おもて》はガラスのようにきらめいて、深
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