本を読んでやったりした。佐伯氏は戦場でたいへん勇敢な働きをしたひとだということだったが、自分では、いっさい戦争の話にふれなかった。キャラコさんには、それが奥ゆかしく思われた。あまり実感がはげしくて、かるがるしく口に出す気になれないのだろうと思って、戦争のことはなるたけたずねないようにした。
四
キャラコさんは、たったひとつ佐伯氏にたずねたいことがある。佐伯氏の眼が本当に絶望なのかどうかということである。今までいく十|度《ど》、口さきまで出かかったか知れないが、そんなことにふれてはいけないのだと思って、しんぼうしていたのだった。しかし、今日はどうしても切り出してみようと決心した。
秋作氏の親友で、キャラコさんを本当の妹のようにかあいがってくれる立上《たてがみ》氏という若い博士が、ついこのころ、ミュンヘンから帰って来た。
秋作氏は、立上のやつ、独逸《ドイツ》から近代眼科学の精髄《せいずい》をかっぱらって来やがったそうだ。と、恐悦《きょうえつ》しながらキャラコさんに話してきかせた。もし、佐伯氏にその気があるなら、いちどぜひ立上氏に診《み》させたいと思うのである。
キャラコ
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