になりましたよ、……もうすこしいって見てください。口はどんなふう?」
「困ったわね。……口は、とても駄作《ださく》なのよ。すこし大きすぎるってみながそういいますわ、それは、たしかなの。口を開いて笑うと、奥歯がいつも風邪をひきますの、たいへんな口でしょう。口の話は、これくらいにしておいてちょうだい。……お次はなんですか?」
「歯はどうです」
「歯並びはいいほうよ」
「髪は?」
「棒みたい」
「棒って、なんのことです」
「つまり、パーマネントをかけないもんですから、髪が棒みたいにブラブラさがっていますの。でも、別に気にもしていませんわ。……どう? あたしの顔、だいたいおわかりになって?」
佐伯氏が、楽しそうにうなずいた。
「もう、はっきり眼に見えますよ。あなたがどんなやさしい顔をしていらっしゃるか!」
夕風が吹き出して、湖の面《おもて》が赤紫色《モーヴ》に染った。
こんなことがあってから、疏水《そすい》へ行くと、佐伯氏がいつもそこでキャラコさんを待っているようになった。二人は湖の岸を遠くまで歩き廻り、くたびれると肱《ひじ》をつき合わして草の上に坐った。キャラコさんは歌をうたったり、
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