「あたし、ひとり」
 佐伯氏は、驚いたように、ほう、といって、
「どこかお悪いの?」
 キャラコさんが、すこし、あかい顔をする。
「いいえ、ただ、こんなふうにしていますの。……妙でしょう。あたしも、妙でしょうがないのよ。あたしのような若い娘が、たったひとりでこんなところにブラブラしているなんて、あまりほめた話でありませんけど、すこしわけがあって、もうすこしの間こんなことをしていなくてはならないの。でも、そのわけは申しあげられませんわ」
 佐伯氏が、つぶやくような声でいった。
「だれにだって、事情はあるもんだから……」
「でもね、あたし、悪い人間でないことだけはたしかよ」
 キャラコさんがそういうと、佐伯氏は、低い声で笑いだした。
「誰がそんなふうに思うもんですか。それどころか、あなたのような親切なお嬢さんに逢ったのははじめてです」
「おや、どうしてでしょう」
「いえ、ちゃんと知ってますよ。……私があんなひどいことをいったのに、それにもかかわらず、あなたは心配して、とうとう宿の入口まで送ってくださいましたね。……ほんとうに、有難かった。……言葉では、ちょっといい現わしきれないほどです
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