ってしまうのです」
 キャラコさんは、だまって佐伯氏の顔をながめていた。それにしても、あの茜《あかね》さんというひとがなぜもっと佐伯氏をいたわってあげないのだろうと考えていた。散歩についてくることもなければ、廊下などで手をひいてやるところも見たことがない。いつも、ひとりで放っておく。いったいどうしたというのだろう。盲目《めくら》の兄と一緒にいるところをひとに見られるのを嫌《いや》がっているようにもみえる。もし、そうなら、すこしひどすぎるようだ。それも、戦争で失明されたのだというのに。
 キャラコさんは、すこし腹が立ってきた。……しかし、なにか事情のあることか知れないし、自分が差し出るような性質のことではないので、そのことには触れなかった。
 佐伯氏は、しばらく黙り込んでいたが、ふいにキャラコさんのほうへ顔を向けると、
「それにしても、あなたは、いったい、どういう方なのですか、お嬢さん?……声のようすだとたぶん、十九ぐらい……」
 キャラコさんが、笑いだす。
「当りましたわ。……あたし、十九よ」
「ずっと、ここにおいでなのですか」
「ちょうど、半月になりますわ」
「失礼ですが、どなたと?
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