…むしろ、みっともないといったほうがいいくらいなの」
 佐伯氏が、釣り込まれて、低い声で笑った。
「すこし、説明してみてください。……その前に、あなたをどうお呼びすればいいのでしょうね、お嬢さん」
「キャラコ、と呼んでちょうだい」
「キャラコ……。珍らしいお名前ですね。……では、こんどは顔のほうを……。あなたは、どんな眼をしていらっしゃるんですか」
「眼は割に大きいほうよ。……でも、魅力があるという工合にはゆきませんわ。ただ、大きいというだけ。……白熊《しろくま》の眼のようだというひともありますけど、それだって、すこしほめすぎているくらいよ。……でも、視力だけはたしかなの。なんでも、よく見えますわ。……あら、ごめんなさい」
「いいえ、かまいませんとも。……それで、鼻はどんなふうですか」
「鼻はそんなにひどくはありませんわ。段なんかつかないで、割とスラッとしていますの。ちょっと希臘《ギリシャ》型といったふうなの。でも、そんなに高いほうではありませんわ。あまり美しく想像なさると損をなすってよ」
 佐伯氏は、想像を楽しむように、こころもち首をかしげながら、
「すこしずつあなたの顔が見えるようになりましたよ、……もうすこしいって見てください。口はどんなふう?」
「困ったわね。……口は、とても駄作《ださく》なのよ。すこし大きすぎるってみながそういいますわ、それは、たしかなの。口を開いて笑うと、奥歯がいつも風邪をひきますの、たいへんな口でしょう。口の話は、これくらいにしておいてちょうだい。……お次はなんですか?」
「歯はどうです」
「歯並びはいいほうよ」
「髪は?」
「棒みたい」
「棒って、なんのことです」
「つまり、パーマネントをかけないもんですから、髪が棒みたいにブラブラさがっていますの。でも、別に気にもしていませんわ。……どう? あたしの顔、だいたいおわかりになって?」
 佐伯氏が、楽しそうにうなずいた。
「もう、はっきり眼に見えますよ。あなたがどんなやさしい顔をしていらっしゃるか!」
 夕風が吹き出して、湖の面《おもて》が赤紫色《モーヴ》に染った。

 こんなことがあってから、疏水《そすい》へ行くと、佐伯氏がいつもそこでキャラコさんを待っているようになった。二人は湖の岸を遠くまで歩き廻り、くたびれると肱《ひじ》をつき合わして草の上に坐った。キャラコさんは歌をうたったり、
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