いました。私は相続人を得《う》ることをあきらめねばならぬかと、ひそかに覚悟したくらいです。……しかし、どうしても諦めきれぬところもあって、ご承知のような試みをやって見ました。もちろん、私の試みの性質にもよりましょうが私は、ここでさんざんな軽蔑のされようでした。
 ……ところで、そのうちに、ただ一人、このみすぼらしい老人にたいへんに親切にしてくれる少女を、発見しました。私は、とうとうゆきついたのでした。それは今年十九になる、いささかも浮薄な流行になじまぬ、快活で、控え目で、正直で、健康で、そして、美しい少女です。そればかりか、彼女は、私に『冬の円居』さえ弾いてくれました。私が彼女を撰ぶのに、何の躊躇するところがありましょう。……私は、石井剛子さんを、私の相続人に定めたいと思うのです。剛子さんは、この財産を私自身が使うより、もっと有用な使い方をしてくれるであろうことを信じて疑いません。
 私は今朝までかかって必要な書類を全部揃えて置きましたから、あとは私の弁護士が外国の銀行の方の始末をつけ、遅くとも今年のクリスマスごろまでに、それを剛子さんにお渡しできるように骨を折ってくれることでしょう」
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