と、いうと、キャラコさんの方へ向き直って、こんなふうに、たずねた。
「剛子さん、あなた、お受け下さるでしょうね」
 キャラコさんが、アッサリとこたえた。
「ありがとうございます」
 まるで、ボンボンの箱でももらったような簡単な挨拶だったので、みな、声を合せて笑い出した。
 秋作氏が、とつぜん立ちあがって、こんなことをいった。
「剛子の美しい性情は、質素の家庭に育ったためにいよいよ磨かれることになったともいえるのです。……この娘にそのような大金をお与えくださるのは有難いけれど、そのために剛子のすぐれた性質をだめにしてしまいませぬかと、それを恐れます。……失礼なことを申すようですが、人間の美しい性質に比べると、金などは、たいして価値のあるものではありませんからね」
 山本氏は微笑を浮べながら胸のチョッキから一枚の小切手をとり出し、
「お言葉ですが、私は、剛子さんが、金などで性情が損《そこな》われるような方でないと信じています。……では、最後の決定をする前にこういうことをしましょう。……ここに、即座に使われていい二十万円の金があります。これを、どういうふうに使われるつもりか、明日の朝まで
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