々《つやつや》と光らしているところを見ると、これがよぼよぼした昨日《きのう》までの老人だとは、どうしても思われない。ホテル第一の伊達者《ダンディ》の越智氏も、その前へ出ると、急に影がうすくなったような工合だった。
 山田氏が一同を代表して祝辞を述べると、山本氏が起立して挨拶をかえした。
「私はこの四十五年の半生の大部分を外国で暮らし、何ひとつとりたてて日本のために尽すことができませんでしたが、幸い、このたび召集され、私の一身を日本へ捧げ、最も崇高な方法で自分の生涯を完結させる機会にめぐまれたことを心から歓喜しております。……この喜悦の情はどれだけ深いものか、長らく日本を離れていた私のようなものでなければ、恐らくおわかりになることはできまいと存じます。
 ……私のご挨拶はこれで終りますが、この席を利用して、ちょっと一|言《ごん》申し述べさせていただきたい事がございます。……私は応召して戦場へまいります以上、もとより生還を期してはおりません……ご存知の方もありましょうが、私は親戚も身寄りも持っておりませんので、私の全財産、……千二百万|弗《ドル》、すなわち、四千万円を、この席におられる方で
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