が図書室を出てゆくと、剛子は、ひくい声で自分にいってきかせた。
「ほんとに、あたし、お嬢さんでなくてよかったわ」
剛子は立ちあがって窓から首をつきだす。樹墻《じゅしょう》を越えてその向うに、川奈ゴルフ・リンクのフェア・ウェイがひろびろとひらけ、ゴルファーが歩きまわっているが指のさきほどに小さく見える。剛子は田園嫌いではないが、どうも、これはすこし退屈な風景である。
心《しん》そこから閉口して、ひとつ、伸びをすると、
「死にそうだわ」
と、つぶやいた。
のびのびと発育した、キッチリと肉のしまった五尺四寸の若々しい肉体が、クッキリと床のうえに影をおとす。胴はほっそりとしているとはいいがたいが、しかし、ミロのヴィーナスのあの健康な腰だ。灰色の単純なデザインのワンピースが、身体《からだ》にそっていかにも自然な線を描きながら垂れさがってる、顔はいつも艶々《つやつや》と光っていて、元気のいい子供のような新鮮な印象をあたえる。口が少し大きすぎる。その大きすぎる口をあいてよく笑う。とりわけそういうとき、剛子は単純で快活に見える。
ところで、沼間夫人は、剛子が大口をあいて笑うのをあまり好いてい
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