退屈してしまった。それで、暮からしかけになっていた編物をとりだしてせっせとやっていると、叔母が忍び足でやってきて、小さな声でしかりつけた。
「あんまり、みっともないことは、しないでちょうだい」
編物をするのが、なぜみっともないのか剛子にはわからなかったが、素直に叔母の意見に服従した。しかし、どうにもてもちぶさたでしようがないので、図書室からメリメの『コロンバ』を持ちだし、主人公のネヴィール嬢に興味を感じて、すこし熱くなって夢中になって読んでいると、またいつの間にか叔母がうしろへきて、たいへん優雅なしかたで、剛子の手のなかから本をとりあげてしまった。
「どうして、あなたは、そう、こせこせするんでしょう。お嬢さまらしくおっとりしていることはできないの。育ちの悪いのを、あまり、ひとに見られないようにしてちょうだい。あたしたちに恥をかかせたくないと思ったら」
剛子は、これにも素直にうなずいた。読書をするのがなぜお嬢さんらしくないんですか、などとききかえしはしなかった。たぶん、皮肉にきこえるだろうと思ったから……。相手が叔母でなくとも、こんなちいさなことで争う気にはなれないのである。
叔母
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