《あしだ》さん、なにがあったの」
アシ君は、ふりかえると、肩越しに、喰ってかかるような口調でこたえた。
「マキちゃんが、潮吹岩《しおふきいわ》までボートで行って見せるってがんばるんだ。いくらとめても、どうしてもきかないで、とうとうひとりで行っちゃったんだって」
キャラコさんは、のび上って沖のほうを見たが、ボートらしいものも見えない。
「ボートなんか、どこにも、見えないわ」
「馬鹿ァ、ボートがでんぐりかえって、溺れかけてるんだア」
午《ひる》すぎに、ちょっとさしかけた薄陽は、また雨雲にとざされ、墨色の荒天の下に、冬の海が白い浪の穂を散らして逆《さか》巻いている。見上げるような高い波が、折り重なって岸へ押しよせては、大砲のような音をたてて崩れ落ちる。
五町ほど沖合に、芥子《けし》の花のような薄赤い色が浮き沈みしている。波にゆりあげられてチラと見えたと思うと、すぐ次の波のしたに沈んでしまうのだった。
もう、何も見る気がしなかった。あの美しい槇子が自分のすぐ眼の前で死んでゆく。
「マキちゃん、……ああ、どうしよう、マキちゃん」
自分でも、何をいっているのかわからなかった。
キャラ
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