キャラコさんは、ためいきをつきながら、そっと呟く。
「マキちゃんは、貧乏では一日も暮らせないひとなんだから、いちがいに責めるわけにはゆかないわ。そんなふうにばかり育てられてきたのだから。……あたしとは、わけがちがう」
戸外《そと》で騒がしい声がするので、キャラコさんは、ふと、われにかえった。
五六人のひとが、きれぎれに叫びながら、海岸の方へ駆けてゆく。ワニ君たちは窓から首をつき出して、駆けてゆくひとになにか問いかけていたが、すぐ、
「大変だ、大変だ」
と、わめきながら、あと先になって社交室から飛び出していってしまった。
キャラコさんは庭へ出て、海岸へおりる石段の上まで行って見たが、波打ち際で走り廻っている大勢のひとの姿が見えるばかりで、何がおこったのかわからない。
石段を駆け降りて、ギッシリと浜辺に立ちならんでいる人垣のうしろまで行くと、その向うから、何かききとりにくいことを、繰りかえし繰りかえし叫んでいる甲《かん》高い女の叫び声がきこえてきた。叔母の声だ。
すぐ前に、アシ君が蒼くなって、眼をすえて海のほうを睨んでいる。
キャラコさんがしっかりした声でたずねる。
「葦田
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