食堂で、日ごろ尊敬する石井長六閣下の愛嬢に対する、沼間一族の高慢無礼な仕打ちに腹を立て、義憤のあまり、報酬的に沼間家の裏の事情をワニ君にすっぱぬいた。それくらいの目にあわしてやってもいいと思ったのである。
それと、もう一つは、槇子と猪股氏の婚約成立の報知だった。これは、ホクホクと笑み崩れた猪股氏自身の口から披露された。
この二つの情報をつづくり合せると、沼間夫人がどういう目的でこのホテルへやって来たか誰にもすぐ了解された。銀行の金庫を補填するために、二人の娘をここへ競売《オークション》に来たのである。
この報知をきいて、最も打撃を受けたのは越智氏だ。系図と伊達《ダンデスム》を売り物にして、纒まった持参金にありつこうと日夜骨を折った甲斐もなく、その相手は空《から》手形だった。
ワニ君が、慰め顔にいった。
「越智氏、まア、そんなに嘆くな。見損ったのは君ばかりじゃない。ひとの分まで落胆してくれなくてもいいよ」
ポン君が、いった。
「それにしても、いい商売をしやがったな。いったい、四十万だろうか、五十万だろうか」
……社交室のピアノのうしろでキャラコさんがきいたのは、大体このような
前へ
次へ
全61ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング