行の一つに数えられ、沼間氏自身は百万長者のひとりだった。ところで、金融関係も預金者側もだれひとり知らぬうちに、沼間氏はいつの間にか一文なしになり、銀行の経済状態までが危殆に瀕していたのである。
沼間氏が、沼間銀行を通じて莫大な投資をしていた『択捉《エトロフ》漁業』は、昨年秋の漁区不許可問題にひっかかって破産し、沼間氏は資本の回収不能に陥って、銀行の金庫に、全財産を投げ出してもまだ数十万円の足が出るような大穴をあけてしまった。これは沼間氏一個人の大思惑《だいおもわく》で、他人の名儀でひそかに投資していたものだから、損害の補填《ほてん》がつかぬうちにこの事実が暴露すると、沼間氏は、当然、背任横領の罪に問われなければならない。
こういう内実を糊塗《こと》するために、贅沢なホテル住居をし、ことさら、無闇に金を浪費している沼間夫人とその二人の娘は、その内幕へ入ると、じつは、どの人間よりも不幸で、どの人間よりも貧乏なのであった。
この情報を『社交室』にもたらしたのはワニ君で、その噂の出どころは、昨日《きのう》の夕方このホテルへやって来たイヴォンヌさんの父親の山田氏だった。
山田氏はホテルの
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