っと眺めていたが、ゆっくりと顔をあげると、異様に光る眼差しで槇子の眼を瞶《みつ》めながら、
「この掌は、いまあなたに非常な危険が迫っていることを物語っている。……この掌の中に表われていることを、みなさんの前ですっかり申してもよろしいか」
 槇子は、サッと血の気をなくして、いそいで手をひっこめると、低い声で、
「いいえ、よく、わかってます」
 と、いうと、逃げるように社交室を出ていった。

     六
 夜中から吹き出した強い冬の風は、夜があけてもおとろえずに、はげしい勢いで海の上を吼《ほ》え廻っていた。
 午《ひる》過ぎになると、低く垂れさがった雨雲の間から薄陽《うすび》がもれはじめ、嵐はおいおいおさまったが海面《うなづら》はまだいち面に物凄く泡だち、寄せかえす怒濤は轟くような音をたてて岸を噛んでいた。

 しかし、嵐は海のうえにばかり吹いたのではなくて、ホテルのこの『社交室』も、今朝《けさ》から一種の突風のようなものに襲《おそ》われていた。
 沼間氏について、想像だにもしなかった意外な事実が、あるひとの口からもらされたのである。
 沼間氏の経営する第九十九銀行は、最も信用ある個人銀
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