なたは生まれてからまだ一度も嘘をいったことがない。あなたは、この世で最も堅実で道義心の強いどの男性よりも、もっと堅実で道徳的です。実に稀な手ですね。……それから、この線! なんでもないこのちっぽけな皺の中に、わたくしは異例な運命を発見しました。この線を見ると、あなたにはたいへんな幸運と、一口《ひとくち》にいえないほどの莫大な財産が備わっていることがわかる」
みな、わあッと笑い出す。なかでも、槇子の嘲笑がひときわ高くひびいた。
山本氏は憫《あわれ》むような眼ざしで一同を眺めまわたしながら、
「その財産をいま持っていられるとはいっていません。しかし、わたくしは誓って申します。思いもかけぬような事情によって、このお嬢さんがその幸運をうけるのです。……みなさんはお笑いになるが、ご自分たちの未来について何を知っているというのです。自分が明日《あす》死ぬことさえご存知ないくせに。……私の見るところでは、この中に、そういう運命の方《かた》が一人います」
もう、声を出すものもない。
槇子が、揺椅子《ロッキング・チェア》から離れて山本氏の前に坐ると、だまって掌を差しだした。
山本氏はその掌をじ
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