えついて、素直に槇子にあやまった。
「マキちゃん、ごめんなさい。あたしが笑ったのが悪かったの」
 槇子はそっぽを向いて返事もしない。麻耶子は痛快そうに、眼の隅からジロジロとキャラコさんの顔を眺め、沼間夫人は眉も動かさずに、ご自慢の白い手で静かにスプーンを使っている。
 キャラコさんは、早く洗濯屋《ランドリイ》へ駆けつけたいのだが、中座していいものかどうかと迷っていると、いつの間にかうしろに秋作氏が来ていて、腕をとって椅子から立たしてくれた。
 槇子はそれを見ると、いまにも痙攣《ひきつ》けそうな物凄い顔になって、
「秋作、馬鹿ッ、馬鹿ッ」
 と、叫びながら、二人を目がけて手当りまかせに食卓の上のものを投げつけ、投げるものがなくなると、こんどは自分の服をピリピリとひき裂き始めた。
「みんなで、あたしひとりをいじめるッ。……よゥし、死んでやる、死んでやるから」
 二人が食堂を出てしばらく行ってからも、キンキンと槇子の声がひびいていた。
 服を着換えて社交室へおりてゆくと、社交室にはワニ君の一団と沼間夫人と越智氏と猪股《いのまた》氏がいる入口に近いいつもの椅子で、『キャラコさんの恋人』が静かに
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