まり、いままで傷病兵と祝盃をあげていたというわけか。ヘッ、こいつァいいや」
キャラコさんはおかしくなって、思わず、ぷッと噴き出した。
槇子は、きッとキャラコさんの方へふりむくと、
「おやッ、笑ったナ」
蒼くなって、眼をすえてキャラコさんをにらみつけていたが、突然、
「生意気だよッ、貧乏人」
と、叫ぶと、いま、ボーイが置いて行ったばかしの熱いポタアジュのはいった皿を取りあげてキャラコさんの顔へ投げつけた。
身をかわすひまもなく、皿はまともにキャラコさんの胸にあたって、顎《あご》から胸へかけてどっぷりとポタアジュを浴びてしまった。青豆のはいったどろどろのポタアジュが、衿《えり》から胸の中へ流れ込んで、飛びあがるほど熱いのを、そっと奥歯をかんでこらえた。
広い食堂の中には、まだ六、七組の客が残っていて、あっけにとられたような顔でこちらを眺めている。
キャラコさんは、長六閣下に、小さなことに見苦しく動ずるなと教えられている。キャラコさんにとってこれは大切な服だけれど、すぐホテルのランドリイへ出せばそんなにひどくなるはずはないし、もともと自分が笑ったのがいけないんだから、と、すぐ考
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