新聞を読んでいた。
 キャラコさんが入っていっても、誰ひとり口をきかない。ひどい目にあいましたね、と、ひとこというものもない。みな顔をそむけて知らん顔をしている。沼間夫人が、つい今までみなに自分の悪口をいっていたのだとすぐ気がついたが、そんな女々《めめ》しい想像をしないのが自分の値打ちだと思って、気にしないことにした。
 イヴォンヌさんが、気の毒そうにそばへ寄ってきて、
「熱かって?」
 と、ささやいた。
 キャラコさんは、笑いながら、そっとイヴォンヌさんの手を握って感謝の意を伝えた。
 キャラコさんが、イヴォンヌさんに、いった。
「この部屋に手相|見《み》の名人がいるのよ。あなた、そういうことに興味がおありになって」
 イヴォンヌさんは、面白がって、
「みなさん、この部屋の中に世界一の手相見の名人がいるんです。みなさん、ご存知?」
 と、大きな声で披露した。そして、キャラコさんのほうへふりかえって、
「どなたが、そうなの」
 キャラコさんは『恋人』の方をさししめしながら、
「あそこにいる、あの、山本さんて方」
 イヴォンヌさんは、すぐ『恋人』のそばへ飛んで行って、
「あなた、世界一の
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