…こんなところにいるより、家《うち》にいるほうがずっと楽しいわ。ホテル住まいだの、贅沢な暮らしなんか、あたしの趣味ではありませんの」
『恋人』は、妙な眼つきでキャラコさんをみつめながら、
「ほう、どんなのが、あなたの趣味?」
「さあ、どういったらいいかしら、……うまくいえませんけど普通の、きちんとした生活では、同じ時間に、同じことをしますわね。古い、同じ友達にあったり……」
「それは、どういう意味です。……よくわかりませんが……」
「困ったわね……」
 キャラコさんは、かんがえながら、綿密に話す。
「あたし、じぶんの家ではこんなふうにやっていますの。……きちんとした時間割をつくって、その中でお仕事をしたり、考えたり、本を読んだり。……それから、きまった日に仲のいいわずかばかりのお友達と訪ねあったり……。ところが、ここへ来てからは何もかもすっかり変ってしまいました。ここでは、ひとりで散歩をしたり、自分だけの考えにふけったりしてはいけないんです。編物をすることも、本を読むことも、あまり大きな声で笑うこともできないの。……何もせずに、膝に手を置いて、こんな顔をしてほほえんでいなくてはなりませ
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