んの。……それも、あまりそんな顔をばかりしていると馬鹿だと思われるから、時々、何か気のきいたことをいわなくてはならないことになっていますの。……ずいぶん、たいへんでしょう? あなた、これについて、どうお考えになって?……すくなくとも、あまり楽でないことだけはおわかりになるでしょう?」
『恋人』は、いくどもうなずいてから、だしぬけに質問した。
「あなたは、結婚についてどんな考えを持っていられますか。結婚なさりたいですか」
キャラコさんは、顔を輝かせて、
「ええ、結婚したいわ。……なぜって、あたし、子供がだいすきなんですもの。立派な子供を産むのがあたしの理想なのよ」
窓の外で、剛子《つよこ》、と呼ぶ声がする。沼間《ぬま》夫人だ。沼間夫人は社交室に『キャラコさんの恋人』がいるので、嫌がってはいってこないのだ。
キャラコさんはあわてて出ていった。
窓のそとで、沼間夫人が、キャラコさんが槇子たちのお伴をして行かなかったことと、汚いやつと話していることをくどくどと叱りつけている。小さな声でいっているつもりなのだろうが、沼間夫人の声は甲声《かんごえ》だから、つつぬけに社交室までとどくのである
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