、強くうなずいた。
「あたしにできることでしたら、どんな事でも!」
キャラコさんのひどくきまじめな顔を見ると、『恋人』は皮肉とも見える微笑をうかべながら、
「いや、そんなむずかしいことではありません。……わたくしに歌を唄ってきかせていただきたいのです」
「あら、そんなことでしたの。……でも、あたし、まずいのよ。まだ、いちども本式に習ったことがないんですから。……自己流のでたらめなの」
『恋人』は、首をふって、
「どうして!……いま、あそこでうかがっていましたが、あなたのような見事な中音《メディアム》は、日本ではそうざらに聴けるものではありません。……最初は、自分の耳が信じられなかったくらいでした」
キャラコさんは、自分の唄がひとにほめられたことなどはいちどもなかったので、真赤になってしまった。
「おやおや、たいへんだ」
『恋人』は強くうなずいて、
「いえ、ほんとうのことです。実際、めずらしい声をもっていられる」
「では、唄いますわ。その、見事な『中音《メディアム》』で! ……でも、あたしの知っている歌でなくては困るのよ。……どんな歌? ごく新しいタイプの歌?」
「いや、わたくしはモ
前へ
次へ
全61ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング