」
『恋人』は手の甲のうえへ垂れさがってくる長すぎる袖を、しょっちゅう気にしてたくしあげながら、
「……わたくしを、汚いやつだの、乞食だのといわないのは、ほんとうにあなただけです。わたくしは、いやしめられることには馴れていますから、なんといわれたって格別気にも止めません。しかし、あなたのご親切は……」
急に眼を伏せて、口ごもり、
「ありがたく思っています。……生涯、忘れませんでしょう」
といって、すこしうるんだ、感謝にみちた眼差しでキャラコさんをみつめた。
キャラコさんは、こんなふうに丁寧な挨拶をされたので、すっかり面くらって、
「あら、あんなことが親切なんでしょうか。……おはよう、ってご挨拶をしたり、二度ばかりダームをしただけでしょう」
「それが親切なのです。……とりわけ、わたくしのようなものにしてくださるときは」
キャラコさんが、笑いだす。
「そんなのが親切なら、いつでも!」
『恋人』は、しばらく沈黙したのち、とつぜん、こんなことをいう。
「ご親切にあまえるようですが、ひとつ、おねがいがあります」
キャラコさんはすこしかんがえてから、キッと口を結んで決意のほどを示しながら
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