もで、社交室にい合わせないひとたちが片っ端から槍玉にあげられる。誰れかちょっと座を立ってゆくと、すぐそのひとの品評にうつり、今までひとの噂をしていたそのひとが、こんどはさんざんにやっつけられる。まるで、このホテルのほかに世界がないように、互いに鵜《う》の目|鷹《たか》の目で他人を見張っている。
巧妙なあてこすりもあれば、洗練された皮肉もある。ちょっと聞くと、たいへん褒《ほ》めているようで、そのじつ、ちゃんと毒のある中傷になっているのだから油断も隙もあったものじゃない。この連中にかかったら、どんなに隠しておきたいことでも、遠慮|会釈《えしゃく》なくあかるみへひき出され、なん倍かに引きのばされ、拡声機にかけてホテルの隅々《すみずみ》にまで吹聴されてしまう。
剛子がこのホテルへきてから、今日でちょうど半月になる。こんな贅沢なホテルでぶらぶらしていられる身分でもなければ、また、たいして好きでもない。叔母の沼間《ぬま》夫人がしつこくすすめるのでしょうことなしにやってきた。
だいいち、それが妙でしょうがない。日ごろは、こんな親切な叔母ではないのである。むしろ、意地悪だといった方が早いだろう。
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