た部屋に母娘《おやこ》のフランス人がひと組だけ滞在している。
巴里《パリ》の有名な貿易商、山田|和市《わいち》氏の夫人と令嬢で、どちらも相当に日本語《にっぽんご》を話す。
夫人はジャンヌさん、娘はイヴォンヌさんといって、今年《ことし》十七歳になる。朝露《あさつゆ》をうけた白薔薇といった感じで、剛子《つよこ》はたいへんこのお嬢さんが好きだ。
もしや、露台の揺り椅子にでも出ていはしまいかと、そのほうを見あげたが、窓には薄地のカアテンがすんなりとたれさがっているばかりで、そのひとのすがたは見えない。
めったに社交室へも顔を出さずに、いつも母娘二人だけで楽しそうに話しあっている。なんて淑《しと》やかに暮らしているんだろうとおもって、うらやましくなる。
それにひきかえて、『社交室』の連中は、いったい、どうしたというのだろう。
ゴルフの話、競馬の話、流行の話、映画の話、……浜の砂《いさご》と話題はつきないが、なにより好きなのは他人《ひと》のあらさがしで、よく飽きないものだと思われるほど、男も女もひがなまいにち人の噂ばかりして暮らしている。
このホテルに泊っているひとびとの噂や品評がお
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