けでもうんざりなのに、ほら、また、あのきたないやつがはいってきた。……ごめんだわ。おもしろくもねえから、クラブ・ハウスにでも騒ぎに行くんだ」
と、みな一緒にどやどやと出て行ってしまった。
それは、みすぼらしいほどの粗末な服をきた、六十ぐらいの大柄な老人で、髪はまだ半白《はんぱく》だが、顔には八重《やえ》の皺の波がより、意地の悪そうな陰気な眼つきをし、薄い唇のはしにいつも皮肉な微笑をうかべている。
三階の隅の陽あたりのわるい小さな室《へや》にひとりで住んでいて、食事のほかにはめったに降りて来ない。だれも名を知らず、どういう素性の老人なのか、それもまるっきりわからない。
とにかく、不思議な老人である。『社交室』ではこの老人がしばしば問題になった。たぶんホテルの持主の親類かなにかだろう。さもなければ、あんな乞食のような老人をのさばらしておくはずはない。それにしても眼ざわりでしようがないから、支配人にかけあって追っぱらってしまおうということに意見が一致したが、先にたって交渉にゆくものもなく、うやむやになってしまったが、だれもいやがって、この老人が入ってくると、きこえよがしに舌うちした
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