り、おおげさに眉《まゆ》をしかめたりする。
 ところで、剛子は、その老人をみすぼらしいとも思わないし、かくべつ気味がわるいとも思わない。どうしてみながそんなにいやがるのかそのわけがわからない。
 剛子には、この老人がなにかたいへんな不幸にあったひとのように考えられ、自分のできることならどんなことでもして慰めてあげたいと思って、老人がサン・ルームの片隅などで淋しそうに坐っているのを見るとやさしく言葉をかけたり、ダームの相手になってやったりした。
 すこし陰気だが、話してみると、教養のある奥ゆかしいところがあって、剛子にすれば、社交室のとりとめのない男たちとよりは、この老人と一緒にいるほうがむしろ楽しいくらいだった。
 こんなことで、この老人に、いつの間にか、『キャラコさんの恋人』というひとのわるい綽名《あだな》がつけられるようになった。

     三
 槇子たちの組がおお騒ぎをしながら出て行ったあと、いつの間にか、『キャラコさんの恋人』も猪股氏もいなくなって、広い社交室の中にキャラコと従兄《いとこ》の秋作氏の二人だけがポツンと残されることになった。
 部屋のなかは急にヒッソリとなって、
前へ 次へ
全61ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング