りとか、そういったスジなんですか」
カオルは、下目に曽根を見おろすようにしながら、
「お家騒動どころの、だんじゃないのよ。いくらもない、乏しい日本のウラニウムの鉱業権をソヴエットとか、アメリカとかへ売りわたして、掘ろうにもどうしようにも、日本人には手が出せないようにという、悪どい計画があるんだって……曽根さん、あなたなんかも、そのほうに、ひっかかりがあるんじゃなくって?」
曽根が、なにか言いかけるのを、カオルは、おさえて、
「それは、話だけのことでしょうが、そのほかにも、むずかしいひっぱりあいがあって、モメているけど、いずれは、おさまるところへおさまるんだから」
「それァ、おさまるには、ちがいないでしょうけど」
と、曽根がセセラ笑った。
カオルは、のどかな顔で、
「だから、知らせずにすむなら、途中のよけいなイザコザは、サト子さんに知らせずにおきたいというの。わからないことなんか、なにもないでしょう……あなたも、すこし、どうかしているわ。闇ドルの話なら、こんな筋ちがいなところで焦げついているより、直接、ウィルソンにかけあうほうが、早かないかしら。ウィルソンは、いま、麻布|笄町《こうがいちょう》の、もと宮さまのお邸《やしき》に住んでいるわ」
「笄町の邸というと、公園のような庭のついた御殿のことでしょう? あれがウィルソンの巣だぐらいのことは、あたしたちも知っていますわ」
「知っているなら、早く行って、つかまえなさいよ、どこかへ飛んで行ってしまうかもしれないから」
曽根は、手先でシナをしながら、
「よく、ごぞんじのくせに、あなたもひとが悪いわ……あの家は、横浜税関の差押物件《さしおさえぶっけん》になったのを、ヤマさんのご尊父さま……といっちゃいけないかな……ウィルソンの顧問弁護士の山岸さんが、異議の申立をして、事件の審理がすむまで、そちらの管理になっているんだそうですわ。中村さんや、税関の連中が、出たりはいったりしているだけで、ウィルソンなんてえものは、とうのむかしに、あそこに住んじゃいないんです」
いままで黙りこんでいた、ずんぐりしたほうの女が、だしぬけに、ものを言った。
「おシヅに、ジャッキーの居どころを吐かせようと思うんだが、秘《ひ》しかくして、どうしても言いやがらねえんです」
サト子は、そっとシヅのほうを見た。シヅは依怙地な表情を顔にためたまま、眼も動かさなかった。
カオルは、おひゃらかすように、女たちに言った。
「あなたたち、曽根さんに扱われているんじゃないかしら。曽根さんは、ウィルソンのアミだってことだけど、このひとが知らないんじゃ、ほかの人間が知っていようわけがないでしょう。おかしな話だわ」
曽根は、なんの苦もないようすで、
「アミというのは、メカケってことですか。あいかわらず、お察しのいいことで……あたしがウィルソンのアミだなんて、誰からお聞きになった?」
と、なよなよと問いかえした。
「あなたのお嫌いな中村から……」
と、カオルがつっぱねた。
「ジャッキーなんていって恍《とぼ》けている、ウィルソンという男は、もとGHQの保健福祉局で、つまらない仕事をやっていたけど、じつは、陸軍省とかの情報少佐で、すごい権力のバックをもっている、軍人官僚のピカ一なんだって……中村が調べあげたんだから、これは、まちがいのないところなんでしょう」
曽根は、おどろいたように目を見はって、
「ひとは見かけによらないものね。あのジイちゃん、そんなえらいひとだとは、思いもしなかったわ」
「中村も、そう言っていたわ……あの家にしてからが、そうなのよ。固いうえにも固い、官僚のコチコチが、第三国人の闇商人が住むようなバカでかい家に住んで、不良外人ぶって、密輸入の真似をしたり、ほしくもない女を囲ったりするのは、なんのためなんでしょう? ごぞんじならおしえていただきたいもんだわ」
「政治の話ですか? あたしどもには、政治のことは、さっぱり……あなたは、ナチの大立物だった、パーマーのアミだということだから、そんなほうは、おくわしくっていらっしゃるんでしょうけど……パーマーというひとは、西ドイツから、特殊兵器の売込みにきているなんて言っているけど……」
「特殊兵器どころか、光学機械だの、グラス・ファイバーだの、アセテートだの、いろいろよ。なんだかしらないけど、ゴッタに持ちこんで、汗をかきかき商売をしているわ」
「あたしが聞いたところでは、そのへんのところが、ちょっとちがうようなんですけど……西ドイツだなんて言ってるけど、ドイツもずうっと東寄りの、ソヴエットに近いほうに籍があるんだって。横浜《はま》の外人たちは、ソヴエットの経済スパイだろう、なんて言っていますわ……さっきのウラニウムのことですけど、輸出禁止の法律がないのをいいことにして、日本のウラン鉱の標本がさかんにソヴエット方面へ流れているんだそうですね……ヤマさん、あなたあたりがシテになって、あれこれとなすっているんじゃ、ありません?」
「パーマーのメカケは、あたしひとりじゃないの。あたしは化繊のほうの係で、グラス・ファイバーやアセテートの売込みをしています。手代《クラーク》がわりというところよ。話ってものは、よく聞いてみないとわからないもんだわね」
あっさりと笑い流して、手套《マフ》をとりあげ、
「きょうは、これで失礼するわ……サト子さん、行きましょう」
と、椅子から立ちかけた。サト子は、解放された思いで、いそいそとベッドの端から腰をあげた。
曽根は、戸口にいる女たちに、すばやく眼くばせをしてから、
「まァ、待ってくださいよ。せっかく、こうしてやってきたんだから、せめて、話のカタだけでもつけてください」
カオルは、曽根の肩のあたりを見おろしながら、
「話って、なにやら籤のことなの」
「ええ、そのことなんです」
「サト子さんとしちゃ、そんな話、初耳でしょう。ぜんぜん、関係のないことだわ」
「そうは、いきませんわ……あたしどもは、水上さんという、たしかな保証があったればこそ、信用をして、なけなしのドルをはたいたので、たとえ、ごぞんじなくとも、関係がないじゃ、通らないはずだと思うんですけど」
「サト子さんは、仕事がなくて、そこにいる大矢というひとに養われていることは、あなたたちだって知っているでしょう。逆さに振ったって、サト子さんの財布からは、十円の真鍮玉ひとつころげだしはしないわ、お気の毒だけど」
「財布になくとも、水上さんの身体には、ステージにおしだせばすぐ金になる、人気というものがついているんだから」
「そんな下素《げす》なことをいうなら、あたしもいうわね……そこにいる大矢というひとが、サト子さんを養っていたというと、聞えがいいけど、サト子さんの部屋代と食費を、キチンキチンとウィルソンから取りあげていたんだって? あたしのほうには、そこまでの調べが届いているんです……サト子さん、あなた、こんなこと、知らなかったでしょう。恩にきせて、こんなところへとじこめておいて、そのあげく、どうするつもりだったのか、大矢というひとに聞いてごらんなさい」
シヅは、はっと眼を伏せて、立ちすくんだようになっていたが、居たたまらなくなったのか、どっと勝手の流し場へ駆けこんでしまった。
カオルは、落着きはらって、
「そのひとたちの喧嘩のこしらえってのが、あたしには、おかしくってしようがないのよ。八百長でしょう? 大矢ってひとは、あなたたちと一味だってことは、これで底が割れたんだから……ねえ、曽根さん、あたしにしたって、ここまでのことは、言うつもりはなかったの。あなたがつまらない絡みかたをするから……どう? もう、このへんでよしましょうよ」
カオルの言ったことが、通じたのか通じないのか、曽根は、それにおっかぶせるように、
「おシヅが、水上さんをどうとかしたって、それァ、こちらの知らないことですわ。あたしたちとしては、水上さんから、いくぶんの報償をいただければ、それでおさまると言っているんです」
「この数学は、微積分よりむずかしいわね……かりに、あなたたちの言い分をとおすとして、金もないのに、どうすれば報償ができるのかしら。おしえていただきたいわ」
「アメリカのビニロン会社で、新しい製品の宣伝をするので、水上さんを、ぜひモデルにって言っているんです。長い契約にして、思いきりギャラを出すそうですから、それで、あたしどものほうの報償のいくぶんを……」
カオルは、だしぬけに、ほほほと笑った。
「そういう話のムキでは、この会談は長びきましょう……サト子さんには、扱いかねるでしょうから、あたしが代理になってご相談しましょうか……サト子さん、あなた、狐につままれたような顔でトホンとしているけど、あたしたち、なんの話をしているのか、わかっているの?」
と、からかうようにサト子にたずねた。サト子は正直にこたえた。
「聞いてもいなかったけど、なんの話だか、ちっともわからないのよ」
「相変らず、おっとりとしているわ。あなたに関係がないこともないんだけど、あたしが埓をあけてあげます。任してくださるわね」
サト子は、めんどうくさくなって、考えもせずに投げだしてしまった。
「さっきから、うんざりしているのよ。どうでも、いいように」
カオルは、曽根のほうへ向きかえて、
「お聞きのような次第ですから、サト子さんは、このイザコザから外《はず》していただきましょう……サト子さんの部屋へ行って、五分ばかり話して、すぐ戻ってきます。おだやかな話しあいになるとはかぎらないから、喧嘩の用意でもなんでもして、待っていて……サト子さん、いらっしゃい」
大矢シヅが、流し場で泣いている。なにか言ってやりたかったが、マゴマゴしているうちに、カオルに廊下へおしだされてしまった。
さまざまな意匠
サト子の部屋へ行くと、カオルは手套《マフ》をベッドのうえになげだして、グッタリと向きあう椅子にかけた。
「頭の悪い連中の相手になっていると、芯が疲れるわ」
サト子は、調子をあわせるように、曖昧にうなずいてみせた。
「なかなか、たいしたもんだったわ」
カオルは、だるそうにテーブルに肱をつきながら、
「ひとごとみたいに言うわね。あなたのお祖父さんの財産の問題なのよ」
と、つきはなすように言った。
サト子が知っているかぎりでは、お祖父さんの財産といえば、いま叔母が住んでいる鎌倉の別荘と、恵那の谷の奥にある、先祖伝来のわずかばかりの土地だけだ。
「飯島の家はともかく、恵那にある土地ってのは、付知川べりのひどい荒地で、水の涸《か》れた磧《かわら》のつづきに、河原|撫子《なでしこ》が咲いている写真を見たことがあったわ。あんなもの、財産なんていうのかしら」
カオルは、いっこうに気のないようすで、
「このごろ、東北や九州でウラニウムが出て、そのへんの土が、一匁いくらとかで売れるって騒いでるでしょう。苗木の村の、なんとかいう地主が、羨《うらや》ましい羨ましいで頭が変になって、じぶんの土地からウラニウムが出たなんて触れて歩いたのが、こんどの騒ぎのモトらしいわ……これだけ言ったら、おおよその察しがつくでしょう。バカな話なのよ」
カオルの言い回しのなかに、説明するより、話を外らして、ウヤムヤにしてしまおうといった語気が感じられた。
含んだような言いかたをしたり、話を外らしたりして、ものごとをはっきりさせないのがカオルの癖だから、そうだというなら、うなずいておくしかない。サト子としては、ウラニウムなんかの話より、じぶんのことにしか興味を持ちえない、我儘なカオルが、なんのために、こうまで熱烈に庇いたてするのか。むしろ、そのほうが聞いてみたいくらいだったけれども、どうせ、まともな返事をするはずがないと思って、あきらめた。
「ウラニウムって、どんなものか知らないけど、あの抜け目のない叔母が、そんな他愛《たあい》のない話に乗るでしょうか」
「あなたの叔母さまって、あれで、相当に山っ気あるのね。そんな話を、まるまる信じたわけでもないのでしょう
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