り、しかも西洋人からそんなに焚付けられると、私には再考の暇もなくなって「出版する」と言った。すると「何時やるか」「何時やるかと云ってもこれから準備をして掛るから」というので、まず一番初めの賛成者にサー・チャールス・エリオットを入れた訳であります。
 その頃、日獨文化協会を作るというので、ゾルフ大使はどうしても西洋と日本との連絡は大乗仏教に依らなければならぬから、それが出来ない以上はどうしても真実の親密というものは出来ないから、そのために日獨文化協会を興すということであった。その時この一切経の話を聞いて、サー・チャールス・エリオットから聞いたらしい。私が訪ねて行った時に日獨文化協会のことは話さず、一切経のことを話した。ゾルフも梵語学者でありまして、梵語の教授になる積りだったらしいのでありますが、そういう訳で興味も深い。「どうしてもやらなければならぬ、西洋人が安心して読めるような、出来得るだけの対校もしてあって、しかもその対校が行き届いておって学術的に値うちのあるような一切経を作らなければならぬ、それを作るのにはお前が一番適任者だ」というふうに、二人から盛んに焚付けられて、そのためにゾルフ
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