ありますが、これは余計ありませぬ。正倉院の正語蔵にあるが、その時には見ることが出来なかった。石山寺のは田舎写しの経本でありますが、とにかく天平写経である。それと較べて見たら大体分るだろうというので大般若経だけ持って行きまして石山寺で較べて見ました。そうすると石山寺に残っている写本の方が版本よりは遙かに良い。今まで度々刊行した物の中に半頁ばかりも落ちたのがある。それから文字のまるで違ったのがある。写本の方を見ると、こっちの版本の方は解することが出来ないような所が明瞭に解し得ることをも見付けましたが、その時にちょうど前のイギリス大使のサー・チャールス・エリオットがおった。この人はいま奈良に逗留して日本の大乗仏教を研究しておりますが、ちょうど私が石山寺に行って調べていると、来山して黙って私の調べを見ている。東寺でも二度きましたが青蓮院には前後三度きました。それから高野にいる時も一度きました。石山寺にいる時には二度きました。
 私が「天平時代の写経を版本がいいか写本がいいか比較して見ている」といったら「結果はどうか」と尋ねる。「それは写本の方がよほどいい」というと「今まで出版する時に比較したこ
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