大乗涅槃経の梵本の一部であった。もはや疑問はないこととなった。かくの如く仏教文学の必要な材料がたくさん存している。そしてそれを精選しての出版も四回も行われている。一つの宗教文学として、こういう偉大な文学を持っている宗教は他にはない。宗教のみならず他の方面にしても一つの題目でこれだけ大きな文学のあるということは他に類例がないであろう。仏教の偉大なる文学ということに西洋人が近頃眼を付け出したのである。
その文学が写本の侭でも残っており、大刊行物として精選して出した物も残っているということも、これも世界に類例のないことである。今まで出版しましたのは校正はするが古来の版本、写本と較べて校合して出版するということをしないのが多いのであります。なぜかと申しますと明の時代に明の皇帝が命じて校合して出したので、それをいまさら校正する必要がない。こういう説が行われた。これは困ったことだと思いました。
明治十七年出版の縮刷は相当に校合してありますが、私はどうかして古写本が校合する必要があるということを立証せんとして石山寺に参りまして、同寺の天平写本を調べました。天平時代に朝廷で写させたのは立派なもので
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